中庸

裸の心で書くブログ

やっぱ働きたくないよな

そうなんだ。働きたくないんだよ俺は。いや俺だけじゃない、たぶんたいていの人は働きたくないんだよそりゃ。中には働くのが好きって人もいるよ?職場にはそういう人がいっぱいいる。でも、自分の大学の同期だったり、あるいは購読しているブロガーの人たちの意見を鑑みるに、やっぱり働きたくない人っていうのが大多数いる。まああれだ、はてなで文章書いてる人はちょっと拗らせている人が多いので統計的にはあまり役に立たないが。

でまあ、大事なのはこの後で、働きたくない人の中にも二種類いるんだよな。「働きたくないけど何とかして働く人」と「どうしても働きたくない人」ね。世の中の大抵の人は前者だろう。働きたくないとは言いつつも、なんだかんだ自分の生活の一部として労働というのを組み込むことが出来る人。仕事ではストレスだったり疲労だったり色々ため込むけれど、ため込んだモノは給料だったり休日というのでしっかり消化出来て、なんだかんだ言って継続的に労働に従事できる人。現代社会で暮らす社会人の大抵はここに属すると思う。んでもう一択の「どうしても働けない人」。これも結構いる。俺自身がこの辺の境界層に属する人間ではあるので、俺の友人にはこういう人が沢山いるし、ネットとか見てても結構こういう人見るし。こういう人は可哀想だよなあ、と思う。煽りとかではなく純粋にね。だってたぶん、本質的に資本主義とかそういうのに向いていないもの。資本主義社会において「どうしても働く気が起きない」っていうのは、ある意味腕が無いとか足が無いとか、目が見えないというのと同じように重大な欠陥を抱えている。そのくせそういうのって世間的には怠け者扱いされるから(いや、実際怠け者だけどさ)、あまりいい顔はされないし。しかし俺の中は昔から「人間は生まれながらにしてその人のだいたいの性質が決まっている」っていう説がまかり通っていて、ようするに怠け者というのは生まれた時点からすでに怠け者なので、これは本人のせいではないのだ。だからただ「この時代に生きづらい性格に生まれてついてないなあ」と思う。……とまるで他人事のように書いてるけど当の俺も結構怪しい。今のところはなんとか働いているけど。

いや別にさ、俺だって「そういう働けない人を税金で扶助しろ」とか言いたい訳でもないのよ。たださ、そういう「普通に社会人出来ない人が結構な数いるよ」っていうのを皆が共有すれば、もうちっと生きやすい世の中になりそうなもんかな、と。例えばシェアハウスみたいな共同生活施設を増やすとかね。今の時代、色々その辺工面して一人当たりの生活費を極限まで圧縮すれば、月5万位の収入で何とかなりそうなものだが。そんで5万くらいだったら何とか稼げそうかなーって人は沢山いると思う。

 

まあようするに「色々な生き方が認められる世の中になればいいね」ってことを言いたいんだよね。今の時代、ともすれば「正社員は勝ち組、非正規はクソ」とか「結婚できないとか社会的にやばい」とかそういう風潮が未だ根強いと思うんだけど、そういう価値観ってちょっと一面的すぎるでしょ。社会が成熟して個々人の価値観というのが多様化している現代においてはそういう風潮は古すぎると思うし、皆もっと寛容な精神で様々な生き方を認められるといいのになあと思った次第。

 

さて、俺はというといつまでこの社畜生活に耐えられるのだろうか……

心が摩耗してロボットになるのが先か、逃げ出すのが先か……