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中庸

裸の心で書くブログ

恋愛的不感症ってやつなのか

中学校を卒業してから本気で人に恋したことがない。

別に「俺は恋という感情を知らない冷酷な人形だから……」みたいな中二アピールではない。まあ中二病ではあるんだが(不治の病だから仕方ないね)。むしろ中学までの俺はかなり目移りする系男子で、常に二人以上の女子に恋してた気がする。恋してたけど何も行動に移せなかったヘタレなのだが。いやしかし男子中学生ってそれがデフォか。

中学校を卒業し、地元からちょっと離れた高校に進学した俺はクラスでの最初の自己紹介を終えて「なんだ、中学校と比べて可愛い子いねえな」ってなり、そのまま現在に至るまで一目惚れをしたことがない。というか恋したことがない。そんで今、人を好きになれないというのが目下俺の悩みでもあるのだ。ああ中学時代、同じクラスの好きな女子と会話出来ただけでその後2週間くらいは幸せの余韻に浸っていたあの頃。あの頃の感覚を思い出せれば、今のどこか味気ない生活もちょっとは変わるのかもしれないようなそんな気がするのだ。

別に性欲が無いって訳でもない。エロい気持ちは常にあるし。リアルの女見てムラムラすることもそりゃある。だって男だもの。でも恋は出来ない。恋は難しい

思うに、中学生までの俺は性欲と恋愛感情がほぼイコールで繋がれてたのかもしれない。「セックスしたい=好き」だった。そりゃ一度に複数の人に恋するわ。そんで、これは動物としてはすごく真っ当だと思うし、他人の事はよく分からんけど大人になってもこういう男って多いんじゃないのかなあ。

でも俺の場合、今はその辺が結構シビアに分けられていて、時折すれ違った女性を見て性的に感じることがあってもそれが一目惚れとかに繋がることは全くないのだ。なんかもっと、内面的に惹かれるものがないと。これあれかな、高校時代に少女漫画とか夢小説とか読み過ぎたせいかな。俺は女じゃないから分からんけど恋のメカニズムがどっちかというと女よりなのかもしれん。でも俺ホモじゃねえけどネットに落ちてる夢小説読むの結構面白かったんだもん。あの頃は何を読んでても面白かった。高校時代の多感な感性ばんざい。

で、今ふとこの単語が頭ん中に降りてきたんだけど、俺ってたぶん「内面的面食い」なのかもしれない。相手の内面に対して過度に理想を求めてしまうというか。面食いってのは自分のハードルを下げられないから中々恋愛が出来ないとはよく聞くけれど、俺の場合より一層拗らせていて、相手がいわゆる「性格イケメン」であるのを過度に求めすぎているのかも。自分より秀でていて、人間として尊敬できる人。そうだ、俺はこういう人と恋に落ちたい。思想を盲目的に崇拝できる人を俺は好きになりたいのだ。でもそんな人って現実ではいるはずもなく……

あれか。そのうち文通でも始めてみるか。調べてないから分からんけど、今の時代とかネットで文通の相手とか見つけられるんじゃねえの。文通とかすれば相手の内面を探ることが容易になるわけで、ひいては俺のフォーリンラブに繋がる可能性もさもありなん、って訳だ。発想が天才のそれ。

 

でも正直な話、俺みたいな文章書くの大好き人間にとっては、文通ってかなり面白い制度だと思う。書くのメンドイけどね。

現在はツイッターなりラインなり、もうちっと短めのチャットが主流だけれど、個人的にはもっと長文のやり取りが傍流にあっても面白いんじゃないかなあと思いました。