中庸

裸の心で書くブログ

デジモンtri第2章の感想を淡々と書く

この記事を書き始めたのが11時16分である。どうにかして日付が変わる前にブログを投稿したい。

というのも最近はどうにも仕事が忙しくてつらたん。年度末だから仕方ないとはいえ、ブログを書く時間すらもないというのが結構辛い。書きたいネタは結構あるというのに……結局のところブログの更新というのはネタだけあっても時間だけあっても駄目で、その辺りのバランスが難しい。仕事がひと段落ついて時間が出来たら鬼のように更新するのかと言われたらそうではないような気もするし。

 

本題。年度末だから仕事が忙しいだとかなんだとかいいつつ俺は結構やりたい事はやっているほうで、デジモンtriの第2章もつい先日映画館で観てきた。俺の職場は映画館に近いという神立地なので8時半くらいまで残業してからナイトショーを利用した次第。流石にその後ブログを更新する気にはなれなかった。

でまあ、正直なところ「どうなのこれ」ってポイントが盛りだくさんであまり大衆にオススメ出来る作品ではないと思ったのだけれど、しかし批判というのは何も生まないもので読んでいても書いていても楽しくならない。批判という行為はあくまでストレスの解消という意味しか持たないのであり、その代償として読者にもやもやした感情を与えてしまう。それこそブログに書くような内容ではない、と俺は批判について批判してみる。

という冗句はさておき。

まあ強いて良い点を挙げるとすれば、まず新キャラが皆魅力的で、且つ馴染んでいるという点だろうか。この「馴染んでいる」といのが肝要だ。これって実は簡単なことではなくて、デジモン無印というのは作品としてみれば全52話と数本の映画作品に過ぎないのだけれど(いやそれでも多い)、この作品は長い事二次創作でも人気がある作品で、10数年の間彼ら彼女らは二次創作の登場人物として消費されてきた訳だ。ある意味排他的世界観のなかで。そのような状況の中で今回突然新しい「選ばれし子供」、あるいはその協力者といった形で物語に深く関わる人物が生まれたのだから、一歩間違えればこれは結構な非難の嵐になっていたと思う。それは例えばみなみけのフユキみたいな感じで。

それにしても西島先生と姫ちゃんは良い。太一たち選ばれし子供たちのサポート役でありつつ、裏で暗躍するもう一つの主人公たちみたいな。しかもこの人たちって、映画を観に来ている俺たちが感情移入するために作られたキャラって感じを受ける。初代を観ていた時に太一と同じ小学五年生だった世代は恐らく現在28歳くらいだし、これってちょうど西島先生と姫ちゃんと同じくらいの歳ではないだろうか。そんで、これってなんだか「君達はもう選ばれし子供ではないけれど、でもこういう形で活躍することが出来るんだよ」っていう制作側からのメッセージな気がして俺はそういうのがすごく好き。それと同時に「俺たちはもう主人公って年齢ではないんだ」って言われているようで寂しくもあるけど。そもそも日本のアニメとかゲームって学生が主人公なの多すぎだもんね。正直社会人になった時点で既に人生のピーク過ぎ去ってる感が半端ないです。

新しい選ばれし子供の望月ちゃんも良いね。こういう引っ込み思案な性格の女子って今までいそうでいなかった。デジモンの世界の女子は皆元気だからな……しいて言えば出始めのヒカリがそんな感じの立ち位置だったかもしれないけど、結局ヒカリも「光」なだけあって中身は結構明るいんだよね、病弱だから引っ込み思案に見えただけで。そういう意味では望月ちゃんは既存のキャラとは違う魅力が合ってよかった。あとはこのキャラをどれくらい深く掘り下げられるか……第3章以降に期待。

で、そうそう、ヒカリですよ。ヒカリめっちゃ可愛すぎワロタ。声はMAOさんに変わったけど個人的には違和感全くナシ。triのヒカリは、本来持っている不思議な雰囲気を保ちつつも今時(2005年くらいの設定だけど)のJCっぽさも出てて、且つ芯の強さがあって人間としての完成度がとても高いと思う。少なくとも現メンバーの中では一番メンタル的には安定してるんじゃない?ミミと丈は今回の一件で一山超えたから除くとして。

後は太一なあ。ちょっとなよなよしすぎなんだよなあ。どうした。triの太一を観て思い出すのが「あの花」のじんたん。小学校の頃はリーダータイプだったんだけど、思春期を通じて本来持っていた魅力が失われてしまった感が儚い。太一は恐らく、今後物語のクライマックスで復活を遂げることになると思うのだけど、それでも小学生の頃の彼が持っていた痛すぎるまでに純粋な「勇気」というのは、完全には戻らないのだろうなあと思うとちょっと悲しい気分。でもそれが大人になるってことなんだろうな。純粋すぎる感情というのは社会で生きていく上では邪魔にしかならない訳で。それは何も勇気だけではなくて、ヤマトの持つ友情も、空の持つ愛情も、全てまるっと同様に、そうなのだ。その一件を如実に表したのが今回のミミの一件で、ようするに彼女の持つ「純真」というやつは学校という社会で生きていく上で邪魔にしかならないものだったのだけれど、彼女はそれでも自分が純真であることを選んだ。純真という紋章が持つ闇に直面しながらもそれでも彼女はそれを手放さなかった訳で。それはやっぱり凄い事なのだと思う。それは丈に対しても同じく。

 

とまあ全く感想になっていないような気がしないでもないのだがそれはいつも通りのことなのである意味予定調和であるといえる。ジャスト12時