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中庸

裸の心で書くブログ

用途によって必要な文章力は全く異なってくる

ただこうして日々のブログを更新するだけであれば、それは冗長にタイピングを叩く能力さえあればどうにでもなるのだが。

これが公文書やビジネス文書であれば正確性や形式というものが大事になってくる。小説となると、人を惹きつけてやまない表現力が必要となるだろうし、解説文であれば読みやすさというものが重要になってくる訳だ。うむ、文章というのは奥が深い。

この中で自分が得意なものをあえて挙げるとすると、それは表現力と言う事になるのだと思う。一応、学生時代はSS書いたり小説投稿していたりしていた訳だし。味のある文章、とまではいかないけれど、普段文章を書く習慣のない人と比べたら圧倒的に表現力というものは獲得しているように自負している。まあ最近は、忙しい日々のルーチンに流されてなかなか文章を生成することが出来ないのだけれど。

ここで本題に入るのだが、最近は作詞を始めてみたところである。無論、曲の作詞である。実は前々から興味は持っていたのだが、「そもそも曲がないと作詞できねえじゃん」という至極当然な結論に至り挫折した経緯があるのだ。しかし、俺の数少ない友人にはバンド活動をして作曲をしている稀な人間がいて、その人曰く「曲なんて後でつければええねん、先ずは作詞してな、それに合わせて曲を作ればええねん」とのことなのだ。

吃驚仰天、驚天動地である。なるほど、自分はどうやら「曲があって詞を作る」という幻想にどうにも捉われていた訳なのだが、良く考えると全てがそうではないのだ。映画化した「ソラニン」だってそもそも歌詞が原作にあって、それに合わせてアジカンが曲を付けた訳だしな。それであれはめっちゃいい曲に仕上がっている訳であるし。

そういう訳で、とりあえず作詞を始めてみた次第である。友人曰く「お前は文章書くの好きだし結構語彙力あるからあっさり作れるんじゃね」なんて甘っちょろいことをのたまっていた訳なのだが、実際その発言はアスパルテームより甘く、なかなかどうしてうまくいかない。上手くいかない理由を考えて時、タイトルの疑問が浮かび上がってきたのだ。

思うに詞――とくに歌詞というのは、一般的な文章とはまるで違う。文章というよりは単語の寄せ集め、といった感覚が近いように思う。

例えば、

 

〇〇 ××

△△の□□

◆◆が■■した

 

みたいな。

つまり、せっかく上手い文章を考えたとしても長過ぎてしまうとそれはあまり詞というジャンルにはそぐわないのだ。どちらかというと単語のピック力というか、瞬発力というか、そういう才能が必要とされているような気がする。「ここでその単語入れてくんの? おっしゃれー」みたいな。

 

そういう訳で、毎日1編ずつ作詞をしているのだが、いまだそのクオリティは衆目に耐えない。でも楽しいのでよしとする。作詞を通じて単語のピック力が上がれば、自分の文章ももうちょっと面白みが出てくるかもしれない訳だし。

 

ちなみに作詞をするということはいずれ作曲に手を出さないといけない訳だが、そちらは個人的にナイトメアモードすぎるので今のところは考えないでおく(最悪、前述の友人に曲を書いてもらうこととしよう……)。