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中庸

裸の心で書くブログ

失われた創造性を求めて

最近は余暇をオーバーウォッチで過ごすことが多い。PS4のFPSソフトだ。日本全国に散り散りになっている大学時代の友人3名と共に音声チャットをしつつゲームに駄弁るといった具合で、ようするに大学時代からあまり変わり映えの無い時間の使い方をしている訳。これはこれで楽しい一方、社会人の数少ない余暇の殆どをゲームにあてている訳なので、読書家を名乗ってはいるものの実はあまり読書の時間が捻出できていないという事態に直面している。書く方面に関しても同様で、最近は全くブログを更新していないばかりかSSや小説を書いたりもしておらず、以前に比べて長文を生み出すのに徒労感を感じている気がしないでもない。創造性などというものはもはや俺の中には全くと言っていい程存在していない。それはちょうど、栓を開けっ放しのコーラからすっかり炭酸が抜けてしまっているような感じに。

さて。ゲームが楽しいのなら別に変に意固地にならずにそれを趣味として生きていけばいいのではないか、なんて声も聞こえてきそうだが、自分の場合、最も幸福を感じるのは良質な物語を読んだり、良質でない文章を書いたりしている時であるという点は今も昔も変わりはない。ただやっぱりそれらの趣味というのは多少、集中力というものを必要とするもので、仕事で疲弊しきっている普段の生活のなかで余暇にまで集中力を発揮するというのはなかなか酷であり、結果として安易にゲームに流れている感がある。前述のオーバーウォッチはPvPPlayer versus player――対戦ゲーム)であるため多少は戦略的要素が求められており全く頭を使わないという訳ではないのだが、それでも読書やブログ執筆と比べるとずいぶん脳みそを使わない。脳みそを使わず、脳みそを打ち合うだけのゲーム性なのだ。

それで、そのようなゲーム色の生活をここ半年程続けてみた訳なのだけれど、これはこれでやっぱり楽しいし、友人と会話していると飽きないし、ストレス発散にもなるのだが、しかしどうにも煮え切らないというか物足りない思いが自分の中にある次第で。昨年までの、クソSSを書いたり毒にも薬にもならないようなブログ記事を更新している期間のほうが、長期的に見た場合には満足感が強い気がしてならない。――思うに俺は、居場所が欲しいのだ。それはあるいは承認欲求という言葉で括られるのかもしれないが、自分の中ではすこしだけ違うと思う。どちらかというとアイデンティティという単語で表すほうが適当なのかもしれない。俺は俺であることを証明したいのである。人によってはそれは仕事だったり家庭だったり、あるいはゲームだったり、そういう場所で実現できるのかもしれないが、俺の場合はどうやら文章なのではないかと思っている。たとえだれもこの文章を読んでくれなくとも、俺がこの文章を書いている時点で俺のアイデンティティは保たれるのだ。そうして俺は満足感を手にいえるだろう。これを趣味と呼ばず何と呼ぼうか。

 

余談。とうとうPSVRの発売日を迎えた訳だが、俺は現在のところ購入には至っていない。理由は至極簡単で、未だやりたいソフトがないのだ。RIGSとかいうロボスポーツゲーは結構楽しそうなのだが、あれは多分複数人でやらないと面白くはない。俺はゲームでフレンド申請ができるほどリア充的気質を備えた人間ではないし、現実世界にも一緒にPSVRを買ってくれそうな友達はいない。という訳で、一人プレイで楽しそうなソフトが出るまでは手を出さない予定である。今心待ちにしているのはエースコンバットの新作。願わくばもう一つのACの新作も発表してくれると嬉しいんだが。