備忘ログ

メモ以上日記未満

郷愁

佐藤光男(36)という架空の男に成りすまして俺はフェイスブックに登録した。

理由は言うまでもなく、遠く過ぎ去った時の向こうにいる知り合いの情報を得るためだ。俺はフェイスブックをするような柄ではないし、そもそもフェイスブックをする資格というかドレスコードのようなものを有していない男なので、実名で登録して過去の友人にメッセージを飛ばす訳にはいかず、佐藤光男(36)という架空の身体を借りて電脳の旅に出た。

かつて俺は、フェイスブックというものに妙に敵愾心を抱いていた。それは俺が陰キャラであることと関係がないわけではないだろう。インターネット上にはSNSが数知れずあるが、フェイスブックというのはそのなかでも一際鋭い輝きを放っていた。それはリア充が放つ特有の光だ。その光の束に当たらないように俺はこれまで電脳世界での旅を続けてきたし、これからもそうする予定だった。

ではなぜ俺は今回仮初の存在を使ってまでフェイスブックに潜入するに至ったのか。それは一言で言ってしまえば好奇心に他ならない。好奇心は猫を殺すということわざがあるが、この場合俺はまさしく猫であった。そして同時に佐藤光男(36)でもある。

実際のところ、フェイスブックに潜入して俺が思ったのは「案外眩しくないな」ということ。いや、皆充実した生活を送っているようには見えた。実際の生活はともかく、このSNSの中ではみんなうまく着飾っているというか、写真だとかメッセージだとかそういう小道具を上手く活用して、それぞれがそれぞれの人生を謳歌しているような印象を受けた。ただそれは俺が当初抱いていたフェイスブックの印象とは少し外れていて、極端な自己顕示欲だとか承認欲求とか「ウチらマジ最強」みたいなノリの世界ではなく、思ったよりも日常的というか平和で角の無い光に満ち溢れていた。

高校の同級生もたくさんいた。ひさびさに見る彼らはやはり学生時代よりも時間がしみ込んだ顔をしていて、けれどあの頃と何も変わっていなかった。

俺はふいに郷愁の念に襲われた。俺にとって高校時代というのは本当に良い時代だった。俺は当時から捻くれていていつも日陰にいるような人間だったが、それでも人並みに青春を謳歌したと思う。部活も頑張ったし、恋もした。告白すらもできないような臆病な感情だったが、今となってはそれすらも懐かしい。時間は過去を美しくする。それはきっと、つらい思い出だけを風化させてくれるからなのだろう。マクスウェルの悪魔のように。

いつかまた、彼らに会いたいと思った。